深夜のラジオパーソナリティをする三池の話

「お気持ち、わかりますよ」

不意に零れた言葉に、口を引き結ぶ。口にしたのは誰だ、と周りを見渡した。そこで、周囲の人間が全員が自分を見ていることに気づき、ああこの場で話しているのは俺だけだったと、当たり前のことを思った。

新進気鋭の落語家として、新しく依頼されたのが深夜のラジオパーソナリティの仕事だった。体調が心配だったが、俺をよく知っているプロデューサーがあれこれ気を回してくれて、週に一度だけ出演するというスケジュールに決まり、なんとかこなせている。放送の内容は、落語の情報発信、笑えるお便りの紹介……など、深夜でも聞きやすい、落ち着いた内容。そしてリスナーに人気らしいのは、俺自身が答える、お悩み相談のコーナー。

好きな人がいて、その人が他の人と話すと胸がむかむかするんです。独占欲というやつだと思います。睡蓮さんはそういう経験ありますか。どうしたらいいですか。

そのような相談だったと思う。そして、何を言うかを考える前に口から零れたのが冒頭の言葉だった。

「いやあ俺も師匠が他の人と話してたら焼き餅を焼きますからね」

慌てて笑顔を作り直し、話題の軌道修正をする。落語をやるのと違って観客が見ているのでもないのに。取り繕ってしまったのも自分が恋だのなんだのの話に共感してしたのにも驚いて、誰にも悟られないように思考を回す。わかりますよ、分かりますよだと? 何を? 誰に?そこまで考えて、俯いた。解釈に困る顔など見られたくなかったのだ。

本当は、わかっている。この相談を読み上げたとき、頭をよぎったのは一人しかいない。俺が思い浮かべたのは、間違いなくあいつだ。悔しいことに。黙ってしまった俺を心配したのだろう、スタッフの人たちから緊張感が伝わってくる。このまま誤魔化してしまおうか。数秒だけ浮かんだ思考を振り払って顔を上げた。

「……まア、そういう冗談は相談者さんにも失礼ですからこのくらいにして」

いや、このまま現実も噺もないまぜにして、なにも隠さず届けてやればいい。俺には、それができる。

「俺にも、振り向かせたくて仕方ない人がいます」

どれか一つでも、あいつが運良く聞いていればいい。

「好きだと思ってしまったなら、気持ちを相手に少しずつ表現するのがいいのでしょうね、落語をやってると分かりますが、思いのほか、気持ちというのは伝わりませんから。……しかし、思いが伝わったとしても、人ひとりが、自分だけを見てくれるなんてことはなかなかない」

「けれど、自分しか見えないくらい惚れさせるのは、出来なくはないんじゃないかと思うんですよ」

そこからは相談者に合わせたいくつかのやり方を、つらつらと述べる。俺がやりたいこととは違うが、一つくらい役に立っていたら良いと、思う。

――応援しています。頑張りましょう。俺も、貴方も。そう締めくくると、こちらを伺っていたスタッフが、安堵しているのが分かった。及第点だったようだ。

「……では、次のコーナーです」

何もなかったように場を回しながら、あいつはラジオを聞くタイプなのだろうかと考えた。公演は時折見に来ているようだが、他のことは何も知らないのだ。でも、今日の言葉が届かないなら、次の一手を打てばいい。力で勝てないなら、他の全てを使って挑めばいい。

撃ちこんだ言葉がお前の胸を穿つまで、ただのつれない、捕まらない猫でいてやろう。

お前の為に発したもののどれかが、いつか届くと確信して、夜に言葉を放っていく。

執筆:20240609
公開:20241110