ひび割れの行方
台所についた小さな白熱灯だけで、夜を過ごす。それが、三池陽彦が黒山羊組の長になったときからの習慣だった。目が半分潰れているというのは、常に半分、暗闇を連れて動いているのと同じだ。だから慣れていたし、家には蹴飛ばすような装飾品もなかったので、困ることはなかったのだ。
カーテンはもう覚えていない程の年月の間、ぴったりと閉めきられたままで、裾や角に黴が生えて、まるでこちらに忍び寄ってくるように広がっていた。昼間どころか、深夜まで家に帰らない陽彦には関係のないことだった。暗闇は、都合の悪いものを見せようとしない。しつこくまとわりつくのさえ許してしまえば、そこは何処よりも気楽な場所だった。
薄暗い部屋の中で、昨日の自分が残した灰皿を探る。まだいくらか吸えそうなものをつまみ上げる。 ほとんど家具のない部屋で、唯一と言っていい家具であるソファに沈み込み、しわくちゃの煙草に火をつけた。細く上がった煙が思考を沈めていく。
今日の仕事は、あの落語家が、いつものように周りを動き回っては何か言ってくるので、特段に疲れた。
こちらはドラッグの出所一つ掴めず殺気立っているというのに、うっとうしく着いてきてはお前は善いやつになれるだのなんだのと世迷い言を抜かす。
あいつは知らないのだ。ただ手足が長く育っただけのひょろひょろした男が、その気になれば、人間の喉元を一瞬で締めてしまえることを。力はあいつの話す空想話ではなく、三池を取り巻く現実では当たり前に行使されているもの、この世の全てだということを。
三池はとっくに善い人間なんていう存在になるのを諦めていて、自分を誘う手を受け入れる隙など、もう無い。そのはずだった。
光は嫌いだ、甘っちょろい誘惑に負けそうになるから。
光は嫌いだ。いつか自分を突き刺しに来るから。
光が、嫌いだ。暴かれたくないものまで、見透かされた気分になるから。
息を一つ吐いて、浮かんできた言葉を反芻する。暗闇に自分ごと沈めるように目を閉じて、湧き上がる感情を見極めた。
これは、怒りだ。久しぶりに感じた、くすぶるような怒り。
ああ、次にあいつに会ったときは、直接言ってやろう。親友が死んだくらいでぽろぽろ泣いて、俺を真っ直ぐな目で見つめてくる、甘ちゃんな落語家に。
「アンタ見てると苛々するんだ」
執筆:20241019
公開:20241110
イメージ曲:TOOBOE「痛いの痛いの飛んでいけ」、ウタ「逆光」