ビー玉を空に浮かべて

月の大きな夜だった。

都市伝説課は、基本的に暇だ。誰も働いている人数さえ把握していないような職場で、決まった業務などありはしないのだから。本来の仕事である、怪異が関わる事件でさえ、月に一度か二度あるかどうかと言ったところで、残業などそうあることではなかった。

しかし、今回は陸緒が他部署の業務を手伝うことになった。迷冥市役所のすぐ近くにある公民館で、クリスマス会が開かれるらしい。子どもたちに渡すためのちょっとしたおもちゃを作り、お菓子と一緒に袋に詰める。それが今回の仕事で、当然のように明石は陸緒について、共に遅くまで作業していた。

作るよう頼まれたおもちゃは、別部署の担当が作った丁寧な作り方が材料と共に届けられていて、一度覚えてしまえばそれほど手間はかからなかった。あとは、袋を結ぶのに丁度いい長さにリボンを切り、贈り物を詰めて結ぶ。手は動いているが、言葉を交わす余裕はあった。ふたりはぽつぽつと何かを話したり、あるいは無言で作業を進めたりしていた。作業をしているうちに役割分担が生まれ、おもちゃを一人分に振り分ける役になった明石が口を開く。

「陸緒さんて、子ども好きですよね」

「誰かさんがどうやったら喜んでくれるか、長いこと考えていたんでな。それが生きてるだけだ」

「からかってます?」

「大真面目だ」

また少し、沈黙が訪れる。はさみを動かす音と袋を開く音が何度かして、またどちらともなく話題が進んだ。

「子どもは苦手か」

「いえ。でも、どうして?」

「付き合わせているなら、手伝いを減らそうかと」

「僕のことは気にしなくて大丈夫ですよ」

「お前の方が大事だ」

心底不服そうに陸緒は言う。陸緒は寡黙であるわりに、自分の意思を伝えるときには真っ直ぐな言い方をするので、明石は少し言葉に詰まってしまう。

「小さい子は可愛いですよ。髪を触られるのはちょっと困るけど」

「そうか」

ならよかった、と短く言うと、陸緒はまた手元に目線を移した。作業を続けながら、またひっそりと会話が続く。

「この前は図書館で子ども会の手伝いをしましたよね。たくさん本が見られて楽しかったです。司書さんが、おすすめの本を教えてくれて」

「何を勧められたんだ?」

「『風に乗ってきたメアリー・ポピンズ』と『不思議の国の少女たち』」

「ああ、良い選書だな」

「それと図書館の仕事もいろいろ教えてもらって……僕、読み聞かせをするのがいちばん楽しかったです」

明石は人前で何かをする事が得意な方ではなかったが、練習して形にしたことを発表するという経験は、今までなかなか出来なかっただけに、明石には楽しく思えた。声を出して、それを誰かが静かに聞いてくれる。それが面白かった。

「お前の声は優しいから、聞いていて心地が良かった」

そしてもちろん、今目の前にいるこの人が、自分をずっと見ていてくれる。御先やきさらぎに話せば、いつものことだと言われてしまうかもしれないが、それが特別、心に留まるような心地がして、明石は読み聞かせが好きになった。

「そういえば前の仕事で、俺もすこし面白いことを覚えたな」

そう言って手元を少し広げてみせるので、明石は手を止めて陸緒の方をに視線をやる。机にいくつか余っていたビー玉(おもちゃに使った材料の一つだ)を並べていく。

さん、に、いちと言って陸緒が手をビー玉に乗せると、黄色いビー玉がふっと消える。なめらかな手つきで他の色とりどりなそれらも消えていき、最後にはまた、全てのビー玉が行儀良く陸緒の手元に並んでいた。

「すごい」

明石が思わず手を小さく鳴らすと、陸緒はゆっくり顎を下げ、明石から目を逸らした。それが照れている動作だと気づいたのは、明石が都市伝説課に配属されてから、何回か季節が巡ったあとだった。

「お前も驚かせられたし、覚えて良かった。子どもたちにも好評だったしな」

「ふふ。でも、今度なにか出し物をするときは、僕にも見せてくださいね。練習も手伝います」

「お前には完璧に出来たあとに見せたいんだけどな」

「そう言って陸緒さん、新しいこと覚えても、いつも先に僕以外に見せちゃうんだから。だめです。僕に見せてください」

陸緒はすこし眉を下げた。そんなことは、ないつもりなんだが、と口の中でもごもご言うのが聞こえる。

「また、何か覚えたら、真っ先にお前に教えるよ」

「絶対ですよ」

「今度はもう少し規模の大きな手品を覚えるか」

「……例えば?」

わざとむくれたように言うと、陸緒は目線を彷徨わせた。コントロールを失ったラッピング袋が、所在なさげにかさかさ鳴る。

「……月でも消そうか」

とっさに窓の外を見て思いついたのだろう、陸緒にしては突飛な発言に、明石は目を細めながら問う。

「出来るんですか?」

「……お前が、そう望むなら」

言い切ってしまった手前、出来るのか分からないなりに、陸緒は月を消すために試行錯誤するのだろう。その様子を思い浮かべると今から可笑しかった。

「じゃあ、期待してます」

ああ、と力強く頷く陸緒を見た後に、本当に陸緒が月を消してしまったら、その後はどうしようかと明石は考える、そうだ、ビー玉を月の代わりに置くのはどうだろう。光を反射してきっと綺麗だ。まるでこの前、図書館で読んだ絵本のようだなと思う。

市役所の中で、一箇所だけ明るい場所に、潜めた笑いが響く。

想像はどこまでも広がり、期待は膨らむばかりだ。本当はそれこそが嬉しいのだと、目の前の人に伝えたかったが、また今度にする。いくらだって時間はある。そう信じていられる。それが嬉しくて、明石は陸緒を見て微笑んだ。

執筆:20241124
公開:20241125
お題配布元:腹を空かせた夢喰い様 1205『ビー玉を空に浮かべて』