夢を見る
こういう、ヒーロー?とでも言うのだろうか。今この場所に生きるようになってから、何度か同じ夢を見る。といっても、場所や周りにいる人たちは様々だ。廃墟、あるいはよく知っている町中で。あるときはもういない(ということにした)家族や、またあるときは研究員の誰かが、俺たちを見ている。共通しているのは、俺はなんらかの理由で暴走していて、自分の意思で身体を動かすことも、ままならない状態にあるということだけだ。
自我がない状態というのは、経験したことがないから分からないけれど、夢の中では心地の良いもので、衝動に突き動かされるままに敵を引き裂くのは気分がいい。そうやって何もかもぐちゃぐちゃにして、なにもかもが真っ赤になった地面の上に、冠猫さんは立っていた。これも、いつも変わらない部分だ。
冠猫さんは、まあいつも通りの、何を考えているのか分からないあの顔で、俺をまっすぐ見つめている。いつかに使わなかった白い拳銃は彼女の手の中に収まっていて、銃口はぶれること無く俺に向けている。
彼女が終わらせてくれるのだ、と俺は思う。それだけはなぜか分かった。
銃声がして、視界が揺れる。俺は最後に残った少しの意地で、最後まであの人から目をそらさないでいる。
いつもここで、目が覚める。
「どうしたの、朝から暗ーい顔して。怖い夢でも見たのかなぁ~?」
「……はぁ、まあ。そんなところです」
今日は久しぶりにあの夢を見て、悪夢には違いないので、否定する理由はない。なるべくいつも通りに答えると、冠猫さんがキョトンとして言った。
「あら、噛みついてこないなんて珍しい。でも、今日も大事な任務なんだからね。しゃんとしなさい」
言いながら、背中をぽふぽふと叩かれる。彼女は俺より小さいから、俺はいつもかがんで、それを受け入れる。手が離れる瞬間、彼女は小さな声で言った。
「期待してるわよ」
この人は、この人は。冠猫さんはいつもそうだ。毛布だの、ほしい言葉だのを、気まぐれに与えて、気まぐれに手を離す。やられる方はたまったもんじゃない。でも。その気まぐれに確かに救われている自分がいて、悔しくてたまらなかった。頼ってばかりなのは嫌だ。なのに、こんな風に時々与えられる優しさにつられて、頭の中で「寂しい」と泣き叫ぶ誰かがいる。いつもなら受け流せるそれを、今日はどうしてか、見ないふりをすることができなかった。
「冠猫さん」
冠猫さんが振り返る。それにあわせて、柔らかい、ピンク色のポニーテールが揺れた。何も変わらない、いつもの冠猫さんだ。
「なによ」
「俺がもし、……」
「もし?」
自分でも意図しない言葉が口からこぼれ落ちそうになる。言葉を止めて、細く息を吐いた。いま、何を言おうとした?
「……いや、やっぱなんでもないです」
「気になるじゃない! 言いなさいよ」
「なんでもないですったら」
食い下がってくる冠猫さんを必死に受け流しながら、頭の中で、自分が口に出そうとしていた言葉を、拾い集める。つなげる。
――もし俺が、どこかで壊れてしまったら。そうなったら、俺を殺してくれませんか。
言えない。なんだそれ。重たすぎる。自分を叱責する言葉でぐるぐる回る脳内を落ち着かせようとして黙っていると、冠猫さんは諦めたのか、前に向き直った。
「まあいいけどさ。なんかあったらちゃんと言いなさいよね。あんた抱え込みやすいんだから」
ほら、まただ。優しさを受け止める準備をしていなかったから、俺はうつむいて、蚊の鳴くような声ではい、とだけ言う。俺が殺してくれと願ったときも、冠猫さんは優しい言葉をかけてくれるだろうか。その様子を思い浮かべようとしたけどうまくいかなくて、前を歩く彼女の背中を見つめながら、その後ろを歩き出す。
答えは、俺には分からないままだ。たぶん生きている限り、ずっと。
執筆:2021?
公開:20241110