留と充流が廃墟に行く話

「意外と見つかんないね」

埃が積もった畳に目を向けた充流は、人が居た気配をたどる能力をこんなことに使う日が来るとはと息を吐いた。空気も湿っていて居心地が悪い。


充流たちが暮らす「教会」には時折教徒たちが相談に訪れる。大抵は些細な相談で、今日のそれも例に漏れなかった。

里で暮らす小さな子どものグループが、空き家に肝試しに入り、お守りの数珠(もちろん名付けの泉で売っている物だ)を落としてきてしまったらしい。それを拾ってきて欲しいと。空き家に入ったことはもちろんバレて、保護者たちから雷が落ちている。しかし、保護者たちは子どもたちよりも敬虔な信者で、自分たちが里が管理する場所に無断で入ることを許さないようだった。優しい教祖様に「許し」以外の返事は要らず、充流と光流は教祖様の傍付きの人として認識されて、この里に居る。ついていかない選択肢は見つからなかった。


空き家は数年ほど誰も暮らして居ない場所で、前の持ち主はあまり身体が強くなく、病気をしてそのまま、当時の里の管理者に見送られてこの世を去ったのだと、充流は道すがら聞いた。

里で暮らす人間は基本的に外の世界には出て行かない。最初から最後までこの里で過ごす。この家の持ち主だった人間も、そうだった。

電気の通っていない薄暗い部屋を隅々まで眺める。家具は備え付けだが多くは無い。家具の隙間まで探しても、数珠は見つからなかった。

「全然無いね。遅くなっちゃいそう」

「何が何でも明日までに探すけどな。……光流が退屈するだろ。別に一緒に来なくても良かったのに」

「だってここあんまり人とか通らないし、留さん一人じゃ危ないでしょ。重いもの持ち上げられないし」

返事の代わりに舌打ちを一つして、留は意趣返しをするように口の端をつり上げた。

「お前と光流、ガキどもになんて呼ばれてるか知ってるか?」

「留さんじゃないんだから、普通に名前呼び捨てとかでしょ」

「『守り手サマ』」

「うえッ」

「思いついた中で一番かっこよかった奴だ。喜べ」

壁紙の穴に目を向けたまま、留は何でも無いように言う。名前を与えることは彼にとっての仕事の一部で、何を思っていようがこの小さな世界で一番受け入れられやすい物を口に出す。受け入れられて、それが名前になる。何年も続けてきたことだ。それが正しくなくとも。充流はなんとなく面白くなくて、違う話を続ける。

「留さんはこういうところ怖くないの」

「俺の里にある家の何が怖いんだよ」

「こういう誰も言えない家は幽霊が出るって、テレビで見たことある。幽霊が隠したんじゃない。落としただけなのにこんなに見つからないって事は」

綺麗な顔が露骨にゆがんだ。

「幽霊なんていねえよ。いたら俺の両親はずっとここに居て里を管理し続けてるだろ。詐欺師の強欲さ舐めんな。地獄の沙汰どころか天国の沙汰まで搾り取るに決まってる」

留は両親のことになると口数が多くなる。荒くなってきた口調を落ち着かせようとした時、留の目が、初めて充流を映した。瞳からするすると温度が失われていく。一瞬息を吐いた後、それに、と続けた。昼間に見せる教祖の顔でも、いつも充流と光流に見せる気だるげな顔でもなかった。

「ここに住んでるやつとは、よく話した。誰かを脅かしたりする人間じゃねえ」

「……留さん」

時折、この人は人間みたいな顔をする。自分の事を教祖だと言い張るくせに、その仮面の一部をいとも簡単に外してみせるのだ。里に居る人は彼の人間である部分を分かっていて、それでも里にとどまることを選んだのだと思う。彼は認めようとしないだろうとも、思う。

「……あー、あいつらの中にはイタズラ好きなやつが居たから、大方ちょっと驚かそうとして友達の数珠を隠したんだろう。ここまで騒ぎが大きくなるとは思ってなかっただろうな」

言いながら、留が立て付けの悪くなった押し入れの扉をしばらくがたがた揺らす。しばらく見守った後、充流は押し入れの戸に手を添えて、戸を開けるのを手伝った。

留の言う通りに、数珠は押し入れの奥にある、小さな箱の中にあった。


留は少しも逡巡することなく、箱から数珠だけを取り出して、ポケットに入れた。動かした戸を丁寧に(充流の力を借りて)元に戻し、帰るぞ、と一言だけ言って立ち上がった。

「晩ご飯より前に見つかって良かったね」

「まあ超絶美人の教祖様ならこのぐらいは出来ねえとな」

「何が何でも明日までに探すとか言ってなかった?」

「うるせえな」

なんてこと無い会話をして、留はふと黙った。

「数珠が隠されてたって、言ってやるなよ。グループで仲間はずれにされるのは、あのくらいの歳の奴にはつらいだろ」

「……留さんって教祖向いてない」

息を吸う音が聞こえる。顔を上げた留は、いつも充流と光流に向ける、保護者の目をしていた。

「あ!? いきなりなんだ。メシ抜くぞ」

そんなこと出来ないくせに、とは言わない。充流は留の少し後ろを歩く。何かあったらこの人を守るだろう。留が自分にそうするように。ここに居る間は、ずっと。

執筆:20230213 公開:20241110