留の独白

クソみたいな両親が残したのは、不自然なほど居心地のいい箱庭一つだった。

両親が作った「名付けの泉」は、高額な商品を売りつけて儲ける悪徳宗教だった。泉の信者が共同生活を送る「里」で、幼少期を過ごした。多忙な両親の代わりに俺の世話をしてくれたのは「里」の人間たちで、様々な人たちがとっかえひっかえ俺を構ってくれたおかげで退屈はしなかった。信心深い里のやつらは次の教祖である俺をかわいがってくれた。俺は教祖の息子なんだから、当たり前だった。

俺はそれに応えるように、小さいながらにニコニコ笑うことを覚えて、なるべく無害そうな顔をするのが上手くなった。顔が両親に似ていると言われて吐きそうになるのを抑えるのも自然に出来るようになって、完璧な「教祖様の息子」を演じた。18歳になった俺は「里」の人間の相談をにこやかに受けて、新しい信者に物腰柔らかく接する。全部この親が作り上げた箱庭で生きていくためだけに手に入れた技術だ。そうやって「里」に順応していった俺を見て、両親は失踪した。置き手紙には俺を次の教祖として認めること、自分たちは泉に還ることが書かれていた。新しい教祖の誕生に涙を流す信者たちの中で、俺はひとりで怒っていた。勝ち逃げじゃねえか。ここまで「里」の環境に慣れていた俺もバカだったと思ったから、もう後戻りは出来なかった。

そのあとも「里」でヘラヘラ笑いながらのらりくらり生きてきて、気まぐれにスカイツリーに来てみたりして、別に誰にも咎められない。そんな生き方しか出来ない。

そうしたら何故か大悪党と感覚が繋がって、何もかも諦めてる奴に出会った。俺と一緒で両親がいないらしい。最初から気が合わないとは思っていたが、そいつの記憶を見る度に腹が立つ。兄弟のためとか言って働いてるお前が、のらくらやってる俺より先に諦めてどうする。そんな理不尽な思いで、はしごを駆け上がる。

無菌室で育てられた赤子は死ぬという。その話が本当なら、箱庭でずっと暮らしてきた俺は最初から死んでるみたいなもんだ。だったらここで今死のうが、もっと生き延びて死のうがどっちでも良かった。だから助けるんだ。誰にでも平等に接するとか、物腰柔らかな言動を心がけるとか、そんなのクソ食らえだ。お前もこんな環境クソ食らえだって言ってやれ。俺はこんなところウンザリだけど、もうどうすることも出来ない。だったらお前だけでも。そう思った。少し近い環境のお前が助かれば俺は、この人生がちょっとはマシに思えるかもしれない。

赤か青かしかないこの雷管は、極端な生き方しか選べなかった俺やお前そのものなのかも知れない。そんなバカなことを考えながら、コードを切った。

執筆:20221222 公開:20241110