花咲く鎧
「真白」
「ああうん、だいじょぶ、いこ」
受付あっちだって、と自分に聞こえるようにと発された声はいつもより少し大きい。それでいて、目的地を指さす手は震えていて、その非対称性がなんだか可笑しくて、緩みそうになった頬を引き締めて、受付を済ませた。
並んでいる間、ぎゅうぎゅう詰めになった列の中で、首をなんとか回して周囲の顔を見る。緊張している様子の人も、笑っている人もいる。全員に共通しているのは、この日にわずかでも痕を残そうとする意思だ。
人混みから離れないように腕を組むと、真白のこわばっていた顔が、通学路でよく見せてくれるはにかんだ笑顔に変わった。俺も嬉しくて、笑顔を返す。
いつもの光景だ。俺たちにとっては何の変哲もない、いつもの。
行進なんてしなくても、目立って存在を見せつけ続けなくても、俺たちはここにいるのに。喉まで出かかった言葉を、今だけは飲み込んだ。ここは戦場だ。弱みを見せるな。そんな母の声すら聞こえた気がした。
ワンピースに描かれた大ぶりの花を、そっと撫でる。これは、鎧だ。この世界の、見えない怪物を穿つための。やわらかくて、微力で、それでいて無意味ではない鎧。
利き手に、虹が描かれた旗を持つ。他の旗は持たない。どんな性別を愛しているかなんて気にしたことがなかったから、まだ、それを決めたくない。
大きな花柄のワンピース、歩きやすく可愛らしい靴、剣の代わりにフラッグ。ここが、夕貴と自分の戦場で、かならず拓く道だ。そう願いながら、一歩目を踏み出した。