うつくしさの系譜

俺の目から見て、ドリアン・グレイは好奇心旺盛だった。連れ立って街を歩けば、デパートのショーケースや、おもちゃ屋のぬいぐるみ、文具に至るまで、彼は色々な物に目を輝かせていて、俺は、その度に彼の望むものを全て与えたくなってしまう。そうやって得た彼の女神みたいな微笑みに、いつだって胸を高鳴らせていた。

永遠に続くと錯覚してしまいそうな日常の中、ある日彼の興味の矛先は、俺が持っている万年筆へ向かった。

「これ、なあに?」

真夜中のしんとした中に優しく染み込むような声で、ドリアンは俺に問いかける。その度に甘く蕩けるような感覚がして、その声に応えてしまう。

「……あぁ、万年筆だよ。父から譲り受けたんだ。父も、俺の祖父から貰ったらしい」

彼は俺の答えにふぅん、とだけ言うと、不思議そうにその万年筆を手の中で弄ぶ。

「ずいぶん古いものなんだねぇ、そうは見えない。こんなに綺麗なのに」

「祖父も父も、きちんと手入れをしていたみたいだ。大切に扱えば、持ち主より長持ちするからって」

そう、これは祖父から受け継いだ大切な形見、だった。父から譲り受けてから、手入れをして、これは「俺の物」になったのだと、底知れぬ優越感に浸ったことも覚えている。しかし、誰より俺の手に馴染んでいたはずの万年筆は、ドリアンが手にしたことによりどこか変容してしまった。

俺より、彼が持っていた方がしっくりくるのだ。君が望むなら、あげたって構わない。そう口にする前に、ドリアンは俺の手のひらに万年筆をそっと置いた。

「返すよ」

その瞬間、万年筆に感じた違和感は消えていた。光に当てるときらきら輝く胴軸も、柔らかくなったペン先まで、全てが「俺の」万年筆だった。

「驚いた。美しさにはそんな保ち方があったんだねぇ」

何の事? そう聞こうとした唇は、言葉を紡ぐ前に、彼に塞がれた。

執筆:20181027
公開:20241110