「お勉強」
「ワカバ、これなあに?」
私がワカバの所に来て、ひと月も経っていないころだったと思う。船の中は何もかも、見たことの無いものばかりで、私は真新しいものを見つける度、これはなあに、どうやって使うものなの、とワカバに聞いていた。
「ああ、それはーーーーだよ。最近、特定のケムリクサを使うと性能が強化されることが発見されてね」
「……?」
きょとんとした私を見て、ワカバは更に言葉を重ねた。
「ええと、ーーーーっていうのはーーーーをーーーーしたものでね」
「ワカバ、ストップ! 余計分かんないよ!」
分かんない、を伝えるために頭の上で手をパタパタさせる。すると、ワカバは弱ったな、と頭をかいて、いつも使うものとは違う色のケムリクサを操作し始めた。
「翻訳システムが壊れたのかな。全然使ったこと無かったから、あまりメンテナンスもしてなかったんだよね……」
ぶつぶつ言いながらケムリクサを操作した後、今度はワカバがきょとんとする。
「あれ、異常なし? じゃあ何で……」
腕を組みながら考え込んだワカバは、はっとして顔を上げた。
「もしかしてこれ、うちの星固有の言葉なのかも」
「こゆうの言葉?」
「りりがいた所には、これを示す言葉が無いんだよ、多分。もしかしたら、同じようなものが存在しないのかもしれない」
なるほどなるほど、と一人で納得したワカバは、わしゃわしゃと私の頭を撫でた。
「ごめんね。知らない言葉で話されるのって、あんまり、気分よくないよね」
今度から気をつけるから、とワカバは申し訳なさそうに言った。それから、ワカバは私と話す時、すごく考えてから喋り出すようになった。なるべく難しくならないように、私が分かるような言葉を選んでくれた。それがすごく嬉しかったけど、同じくらいもやもやした。
ワカバが好きなように話した事を、聞いていたい。それが、私の好きなことだったから。
だから、いっぱい考えた。ワカバが私の前でも、自分の好きなことを話せる方法。
そうして考えついたのが、「メモ」だ。ワカバが気を抜いた時に喋った言葉や、ムシっちたちに指示を出す時の言葉。私には分からない、ワカバの星の言葉たちを、ダイダイに書きこんでいくことだった。
「いっぱい書いていけば、同じ言い方してるところとか、同じ時に言ってたとか、分かるかもしれない。ワカバも色々メモして、勉強してるって言ってたし」
その日から、私の「お勉強」が始まった。『リリ ナニ シテル?』ヌシっちがピコピコと寄ってきて、私に問いかける。
「お勉強しているの」
ダイダイのページは、どんどん増えていく。その分、ワカバの喋っていることも、少しだけ分かるようになった。
全部を分かるようになるには、まだまだ時間がかかる。
でも、いつかここに書かれた言葉の意味が、分かるようになったら。そうしたら、ワカバともっともっと、好きなお話を出来るんだ。その日がとても楽しみだった。
「早く、大人にならなくっちゃね!」
執筆:20190406
公開:20241110